ブログではヨーロッパの場所や観光地紹介はやらないとお伝えしたんですが、せっかくなのでやってみたいと思います。第1弾はロンダ。

スペイン、アンダルシア州マラガ県にありますロンダはとてもユニークな街です。

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アンダルシアとはスペインの南の地方で、有名な都市としてはセビージャ、グラナダ、マラガなどが挙げられます。
今回ご紹介するロンダはあまり大きな街ではなく都市と呼べるほどではありませんが、地理、歴史、文化に特筆すべき点が多々あります。

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ロンダの最もユニークな特徴は、高い台地の上に築かれた街であるという点です。
タイトルにもある通り渓谷が街をぶった切っているように見えるんですが、もちろん外敵に侵略されにくいといった理由であえてこのような場所に意図的に街を築いたからです。

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この渓谷はロンダ渓谷と言いまして、間を行き来するための橋が何本か存在します。
 一番の主役はヌエボ橋。スペイン語ではPuente Nuevoといい、「新しい橋」という意味です。
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なんでもかんでも新しく作り直す日本からすると、どこが「新しい」かわからない、いかにも古そうな石橋ですがヨーロッパ基準だと全然普通です。
ヨーロッパを知っていく上で「古い・新しい」の価値観は100年単位に変換したほうが良さそうですね。日本だと10年単位とかですよね。
「新しい橋」 があるからには、、、と思った方、その通りです。少し奥にはビエホ橋Puente Viejo「古い橋」があります。これはより昔に作られたのでヌエボ橋と比べてかなりスモールな感じです。
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Andrzej Otrębski - 投稿者自身による作品, CC 表示-継承 3.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=30495680による
ちなみにヌエボ橋(新しい方)の中には部屋があって牢獄として使われたらしいです。こんなに景色が良い牢獄なら有りかもしれません。
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あと、ずっと写真を眺めていると、この渓谷や橋の様子はなんだが
ハリーポッターのホグワーツの渓谷みたいじゃないですか?あの4話目の炎のゴブレットでドラゴンから逃げるとこ。

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ロンダの街全体にスコープを広げてみると、経済の中心は観光業です。コロナで結構大変なんじゃないかなと思いますが、農業なんかも少しやっているみたいです。

ただ、農業といってもここはスペイン南部の地中海性気候地域。
地中海といえば、白い砂浜・青い海。
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そんな環境で米やら小麦やらはまともに育ちません。何が育つかというと、ぶどう、オリーブ、コルク、さらには柑橘類などです。ロンダの場合周辺にぶどう畑が多いらしく、ぶどうを育てるということは、つまりワインが作れるということです。なので周囲にはワイナリーとかが結構あるらしいですよ。
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ここでロンダの歴史に触れてみましょう。
もともと最初にこの地域にいたのはケルト人という人々。ヨーロッパ中に元来いたケルト人たちですが、後にゲルマン人などがやってきて追いやられ、イギリス北部スコットランドやアイルランド、フランスの西端ブルターニュ半島まで逃げていったというのは一つの流れ。
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User:Quadell - 投稿者自身による作品, CC 表示-継承 3.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=19943による
ケルト音楽といえばアイルランドの音楽ですよね。その昔、アルンダArundaという地名だったのが、ロンダRondaの語源となったと言われています。

一方、ゲルマン人やノルマン人が幅広く行き渡り、今でいうヨーロッパの中心が形成される前、地中海世界というのが世界の中心だった時代がありました。ギリシャ人やローマ人、フェニキア人たちです。
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ロンダは、この地中海世界で起こったポエニ戦争の過程で、フェニキア人勢力のカルタゴへの遠征の最中に
ローマ将軍スキピオによって本格的に建設されました。
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user:shakko - 投稿者自身による作品, CC 表示-継承 3.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=5654234による
以降ローマ共和政、後にローマ帝国に組み込まれ、212年にはアントニヌス勅令によって住民にはローマ市民権も与えられました。


そんなローマ帝国も分裂、崩壊し、カール大帝の活躍を通してゲルマン人とカトリック教会、地中海世界が融合し、中世ヨーロッパに突入していくことになります。
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しかし、ここから取り残されたのがイスラム教徒に侵略されたイベリア半島。イスラム教が中東から勢力をどんどん拡大し、北アフリカ、さらにはジブラルタル海峡を越えヨーロッパ本土に足をつっこみます。 こうして長らくロンダを含め、今で言うスペインはイスラム勢力下で独自に発展していきます。
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Umayyad750ADloc.png: Gabagoolderivative work: 玖巧仔 (talk) - Umayyad750ADloc.png, CC 表示 3.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=12678769による

そんなイベリア半島の状況を、歯を食いしばってずっと見ていたのが、もちろんキリスト教勢力。
とうとう彼らは、奪い返そう!ということでレコンキスタ、国土回復運動を始めます。フランス方面からばんばん兵を南に送り込み、イスラム教勢力は次第に後退していきました。
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CC 表示-継承 3.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=81474
これで最後のほうまで残ったのがアンダルシア地方。先ほどもご紹介した通り、スペインの一番南の地方です。
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Tyk based on Image:Iberian Peninsula base map.svg created by Redtony - self-made. Approximate borders only.Sources for dates of the Christian captures of Muslim towns:Alcalá la Real, 1341: O'Callaghan 2011, p. 190Algeciras, 1344: Harvey 1992, pp. 203-204Almeria, 1489: Harvey 1992, p. 304Antequera, 1410: O'Callaghan 2014, p. 52Archidona, 1462: O'Callaghan 2013, p. 110Baza, 1489: Harvey 1992, p. 302Ceuta, 1415: O'Callaghan 2014, p. 52Gibraltar, 1462: O'Callaghan 2014, pp. 108-110Granada, 1492: Harvey 1993, p. 322Guadix, 1489: Harvey 1992, p. 304Huelma, 1438: O'Callaghan 2014, p. 52Huescar, 1434: O'Callaghan 2014, p. 80Malaga, 1487: Harvey 1992, p. 300Marbella, 1485: Harvey 1992, pp. 287-288Olvera, 1327: O'Callaghan 2011, p. 152Priego, 1341: O'Callaghan 2011, p. 190Ronda, 1485: Harvey 1992, pp. 285-286Tarifa, 1292: O'Callaghan 2011, p. 101Vera, 1488: Harvey 1992, p. 301Xiquena, 1433: O'Callaghan 2014, p. 171Zahara, 1407: Harvey 1992, pp. 231-232Compare similar maps:O'Callaghan 2014, p. 52 (Granada's west)O'Callaghan 2014, p. 171 (Granada's east)Harvey 1992, p. xviBibliography:Harvey, L. P. (1992年) Islamic Spain, 1250 to 1500, Chicago: University of Chicago Press ISBN: 978-0-226-31962-9.O'Callaghan, Joseph F. (2011年) The Gibraltar Crusade: Castile and the Battle for the Strait, フィラデルフィア: University of Pennsylvania Press ISBN: 0812204638.O'Callaghan, Joseph F. (2014年) The Last Crusade in the West: Castile and the Conquest of Granada, フィラデルフィア: University of Pennsylvania Press ISBN: 978-0-8122-0935-8., CC 表示-継承 3.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=3184192による


レコンキスタは1492年、グラナダが陥落しナスル朝が終焉することで最終的に完結しますが、ロンダもかなり長く耐久し、1485年、アラゴン王フェルナンド2世によって陥落しました。
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レコンキスタによってイベリア半島のイスラム支配は終わり、キリスト教勢力が現在に至るまでいるわけです。


ここまではかなり昔の歴史なんですが、もっと最近の話でいうと、ロンダは近代的闘牛発祥の地だそうです。ロンダ闘牛場というのがありまして、ヌエボ橋のすぐ隣にあるんですが、これも街のシンボル的存在です。
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また、街の写真を眺めていると白い壁の家々がほとんどなんですが、実はアンダルシアにはこうした白く美しい街や村がたくさん存在します。フリヒリアナなんかがとても美しいんですが、別に観光名所を作ろうとして白く塗っているわけではなく、地中海性気候の強い太陽の日差しを反射して熱が蓄積しないようにしているのです。
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以上がヨーロッパの街紹介第1弾、スペインのロンダでした。ご覧いただきありがとうございました。次回もご期待ください。

第2弾はこちら、フランスのオルレアンです。